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●プロローグ:1909年 
上海1909年(明治42年)2月、列強諸国の租借する「租界」があった上海で、麻薬に関する世界で初めての政府間会議「万国阿片委員会」が開かれた。国際麻薬規制の始まりである。参加国はアメリカ、中国、フランス、ドイツ、イギリス、日本、オランダ、ポルトガル、ロシア、シャム、ペルシャ、オーストリア‐ハンガリー、イタリアの13か国。
ここに今日に至る長く困難な道のりへの第1歩が踏み出された。 


会議は2月1日から26日まで、計26回行われた。


会議場になった匯中飯店は租界で、もっとも壮麗なホテルとよばれた 和平飯店と改称されたが今も営業している
今も残る記念碑
会議の場として上海が選ばれたのは、当時の国際的な麻薬犯罪組織が絡む麻薬密売のほとんどが上海を経由して行われていためである。それも外国人居留地であった租界が舞台として使われることが多かった。
1900年台初頭の上海
麻薬密輸業者は例えばヨーロッパで医療用に製薬業者が製造した麻薬を「横流し」した後、あちこちを経由して目的地へ密輸していた。彼らは汚職官吏に賄賂を渡し巧妙な隠ぺい方法、文書偽造、暗号による通信などを駆使し既に高度に組織化されていた。日本人が関与していたケースも多くあった。
1920年代から1930年代の上海暗黒街三大ボス
その中でも黄金栄は「青幇」の首領として多くの阿片横流しに関与していた
1900年台初頭の上海南京路

第1回の上海阿片会議では、阿片のみならず、それから採れるモルヒネさらにはコカインについての国際規制も討議された。そしてこれが1912年にオランダのハーグで麻薬を規制する初めての条約へとつながっていくのである。
ただ進化を始めたばかりといえるこの条約は、各国全てが取らねばならない手段までは盛り込まれていなかった。必然、密輸はただちには防ぎ得なかった。締約国に対して法的拘束力を持つ、つまりどの国もが行わなければならない規定を備えた条約を国際社会が手に入れるのには1925年まで待たねばならなかった。

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